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咢が王様なパラレル小説です。 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14


「ただい、ま…」
 非常識な彼の事だから鍵も開いたままだろう、と思って帰宅すると、意外にも鍵はきちんとかけられていた。チェーンはかかっていない、外から入ってくる亜紀人への配慮だろうか。奥の部屋で、客人は穏やかな寝息を立てていた。
(やっぱり寝てた、か)
 亜紀人は、小さな手でぐっと硬い握りこぶしを作ると、無防備に眠るアギトの鼻先に突きつけた。一発お見舞いしてやりたい所だが、流石にそんなわけにはいかない。相手は大事なお客様であり、今はまだ、自分の仕える人だ。
「………」
 買ってきた物が痛まないように冷蔵庫に詰めて、手洗いとうがいをして、亜紀人はぺたん、と眠る王の前に座り込んだ。前髪の隙間から、長い睫毛が微かに揺れているのが見える。
(この眼帯…どうしたのかな…)
 自分とちょうど反対側の目を覆う眼帯に、触れるか触れないかの距離で指を近づけてみる。


 亜紀人の傷は、新年の謁見の行列に紛れ込んだテロリストの自爆行為の際に負った。何針も縫った瞼の奥の目は、もう、開かない。目立つ傷も残ってしまったので、こうして眼帯を付けている。傷自体は塞がっているはずなのに、今でも痛みを感じる事がある。ドクター曰くは精神的なものらしいので、薬は使っていない。余計な心配をかけたくないので、Mr.SANOや弥生達にも話した事はなかった。
 王も、何処かで危険な目に遭って、傷ついたのだろうか。
 そっと眼帯の表面を撫でそうになって、亜紀人は慌てて手を引っ込めた。当の本人は、ぐっすり眠り続けている。
 端正な顔だ、と改めてしみじみと亜紀人は思った。自分は彼の模造品なのだから、同じ姿形をしているはずなのだが、これが本物とコピーの差だろうかと妙な感心をしてしまう。上野の駅で出会った時から感じていた、この人は特別だ。どんなに粗野な振る舞いをしていても、亜紀人にはない気品がある。
 これが、歴史に選ばれた王か。
 長かった暗黒の時代に幕を下ろすべく、神が選んだ最後の王。
「…ン…」
「!!」
 輝くような瞳がゆっくりと開いて、至近距離に居た亜紀人は思わず飛び退いた。心臓が、早鐘を打っている。
「…帰って、きたのか」
 予想外に穏やかな声でそう言われて、亜紀人は戸惑った。
「あ……」
 起きたらどんな罵声を浴びせてやろうか、絶対に言い負かされるわけにはいかないと、帰る道すがら考えていた言葉は、すべて吹っ飛んでしまった。亜紀人は、カラカラの口中でかき集めた唾を飲み込むと、やっとの事でこれだけを告げた。


「お、おはよう…ございます…」