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咢が王様なパラレル小説です。 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16




「っら、おっせーンだよ!グズ!!」
「ちょ、お前ちょっとは手加減しやがれ!」
「ハッ、ざけんじゃねーぞこの童貞が」
「童貞って言うなボケ!」
 低レベルな罵詈雑言の応酬と、ホイールがアスファルトに擦れて軋む音、それにA・Tのエンジンの音が、深夜の車道に響き渡る。
「あの、みんな、夜なんだからもう少し静かに…、」
「黙れクソチビ!」
「〜っ、もう〜!」
「いいよ亜紀人、こっちで練習しよう」
「…うん」
 晴れた日の夜は、小烏丸の面子に混じってA・Tで滑走するのが、二人の日課となった。とは言え、丸っきりの初心者である亜紀人は基礎練習をしながら他の皆の滑りを眺めているだけ、アギトはそもそものレベルが違いすぎて小烏丸のメンバーではまともに相手になっていなかったが。
「た、タイム!休憩しようぜ、俺、イキあがっちゃって…」
「情けねーな!」
 小烏丸の中で一番スピードがあるのは葛馬であろう。仏茶はややマニアックな技が上手い。オニギリは個性的すぎて評価が難しい、そして、さらに評価が難しい樹。彼もまだ初心者だと聞いている。確かに、ジャンプの着地が無様だったり走る際に重心が傾いていたり、改善点は山積みの荒削りな走りをしているのだが、勢いがあるからだろうか、とにかく目が離せないのだ。
 そして、亜紀人が見る限り、アギトもそんな樹の事を気にかけている様子である。面白い素材だと思っているのだろう、口には出さないが。
「亜紀人は、まだ一緒に上の方へは行けないのか?」
 スポーツドリンクを飲みながら、汗だくの葛馬が聞いてきた。彼は優しい性格をしているようで、一人だけ壁走りに混じれない亜紀人をいつも気にかけてくれる。その温和さゆえ、アギトの暴言の一番の被害者になっているのだが。
「う、うん。地面を走るので精一杯、カナ…」
「焦る事はないよ、カラスだってそりゃあ最初は酷いもんだった」
「俺様が何だって?あ?」
「イッキは今でもフラフラじゃねーかよ」
「もう少し、基本をちゃんとしないとね」
「うっせーんだよ、このハゲどもが」
 亜紀人は仲間たちの会話を、いつもにこにこして聞いていた。自分ひとり能力差が大きく離されているのは残念だが、彼らと離れようとは思わない。メイドの二人以来の、同年代の友人なのだから。


「………」
 歯が溶けそうな程甘いミルクティのちびちび啜りながら、アギトはそんな亜紀人を不満げな表情で眺めていた。亜紀人はアギトのクローンだ、基礎身体能力は同等のはずであり、アギトが数日で乗りこなしたA・Tの習得に、こんなに手間取るのはおかしい。
(ヘラヘラ笑ってんじゃねーよ、ボケ)


 アギトにとって、A・Tは、この世で唯一自分を解放してくれるものであり、走りとは即ち自分自身だった。本来、A・Tとは一人で走る物ではない、あくまで誰かと“戦う”競技なのだ。
(こいつは、いつ本気を出しやがるんだ?)


 自分にはもう、残された時間は少ないのに。